【2022年3月期版】日系化学メーカー大手の長期推移を様々な指標で比較してみました。日本株ではBtoBビジネスの地味な製造業である化学メーカ。景気動向を受けやすく浮き沈みが激しい業界の中でも、投資対象としては財閥系よりも魅力的な企業が2社もあります。
その2社とは見事な復活を遂げた東ソー、堅実経営の信越化学。株価、キャッシュフロー、財務状況から、総合化学大手7社を投資対象として比較してみました。投資対象としてはもちろん、転職を考えている人にとってもしっかり確認したい内容となっています。
1. 総合化学株の2つの魅力
総合化学株の魅力は次の2つです。
- 景気変動の波が大きい=うねり取りがしやすい
- 業界に精通した人は事情がよくわかる
化学株は曲者で上級者向きかもしれません。何となくで買った2017-2018年頃に三菱ケミカルHD株を200株ほど持っていましたが、扱いきれずに売ってしまいました。当時この記事のような分析をしていれば、少なくとも三菱は絶対に買わなかったと思います(笑)
2. 総合化学大手7社とは
化学株といっても様々ありますが、ここでは総合化学の大手7社を上げて比較してみました。「総合化学」とは基礎化学原料から川中・川下製品まで手広く展開している化学メーカーを言います。
定義はまちまちですが、基礎原料として知られるエチレン製造メーカーだと、三菱ケミカルHD(4188)、旭化成(3407)、住友化学(4005)、三井化学(4183)、昭和電工(4004)、東ソー(4047)の6社です。エチレンこそ作ってませんが、基礎原料の塩化ビニルの約7割を製造していてコア30にも入っている信越化学(4063)を独断で加えた7社としました。
ちなみに化学と似た分類に素材もありますが、似て非なる分類です。
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3. 総合化学大手7社を徹底比較
総合化学7社(三菱ケミカルHD、信越化学、住友化学、旭化成、三井化学、昭和電工、東ソー)の株価を様々な指標で比べてみます。
ちなみに僕が転職するときには、株価以外の部分は財務体質を含めてしっかりチェックしていました。新卒でここまで比較するのはちょっと厳しい気もしますが、中途採用で応募するなら応募先の企業がどんなものかはしっかり分析しておきたいところです。
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3-1. 比較①:株価推移~日経平均超は東ソーのみ~
リーマンショック後の底値である2009年2月を100としたときの指数で表しました。化学業界は市況変化を受けやすいため、リーマンショック前後の変化が見えるようにあえて10年以上の期間で変化を確認します。
ベンチマークとして日経225平均も入れてあります。信越化学、東ソーは日経平均をアウトパフォームしています。市況の影響を受けつつも、収益力を着実に積み重ねてきたことが読み取れます。信越化学は大きく右肩上がり傾向の一方で、東ソーは直近6年以上も株価は伸び悩んでいます。
旭化成も結構良かったのですが、住宅関連の不祥事で大きく下げてしまいました。2017年以降絶好調だったレゾナック(旧昭和電工)も、日立化成の太っ腹高額TOBでのキャッシュ支出が響いて下げてしまっています。財閥系は日経平均と比較しても市場評価はイマイチなようです。
3-2. 比較②:自己資本比率の推移
重要な財務指標の1つ、自己資本比率を確認します。財務状況の健全性を見る指標の一つで、全体資産のうち返済不要の自己資本の割合を示したものです。
この値が高いほど財務が健全で堅実経営であることを示します。逆に低い場合にはたくさん借金をしてレバレッジの高いチャレンジングな経営をしていると言えます。
本当はネットDEレシオ(手持ち現金を引いた有利子負債と純資産の比率)だと以前調査した総合商社と比較しやすいのですが、信越化学が財務良好過ぎて数字が出ないので自己資本比率で比較しています。
レバレッジを大きく利かせた総合商社とは異なり、製造業は設備資本も多いのでリーマンショックでも意外と激動にはなっていません。渋ちんで有名な信越化学は堅実経営で安定の自己資本比率80%、次いで旭化成も50%前後で右肩上がりになっています。
そんな中東ソーはリーマンショック前は冴えない中、2013年以降右肩上がりで急速に財務基盤を強化してきました。営業CFがついてきているので財務・事業とも基盤が強化されたと言ってよいでしょう。財閥系は規模が大きくて致し方ない部分はあるのですが、財閥の権威でちょっと甘んじすぎている部分もあるように見えてしまいます。
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3-3. 比較③:売上高の推移
売上高推移の推移を表してみました。最大手三菱ケミカルHDは2010年の三菱レイヨン子会社化、2014年の大陽日酸子会社化などで売り上げを伸ばしています。その他M&Aによる規模拡大トレンドもあり、全体としては右肩上がり傾向です。三井化学はちょっと元気がないですね。(図は各社有価証券報告書から素材さん作成)
3-4. 比較④:1人あたり売上高推移
従業員1人あたりの売上高推移の比較結果を確認します。売上高は分かりやすい指標ですが、できるだけ少ない人数でより多くの売り上げを上げられる方が生産性が高いと言えます。全社売上だと規模の経済になってしまいますが、違う角度から眺めてみると面白い事実が見えることもあります。
この値が高いほど従業員1人当たりの生産性が高く、1人1人がしっかり労働していると言えます。逆に低い場合には非効率的な部分が多い可能性が高いです。
売上高トップ争いの三菱ケミカル、旭化成は下位になってしまいました。規模の経済で人手をかけて売り上げを確保するビジネスモデルですね。(図は各社有価証券報告書から素材さん作成)
逆に全社売り上げではパッとしない三井化学は上位となっています。少数精鋭で戦っている、或いは原料代の高いビジネスモデルで加工マージン比率が低いビジネス展開をしている可能性が読み取れます。
日立化成子会社化で大きな賭けに出たレゾナック(旧昭和電工)は買収での旧日立化成人員が重しとなり、翌年から1人当たり売上は大幅減少。旧日立化成は効率化余地があるとも換言できそうです。
3-5. 比較⑤:1人あたり営業利益推移
従業員1人あたりの営業利益額推移の比較結果を確認します。効率的に利益創出しているかという点を確認するために重要な指標です。この値が高いほど稼ぎ方・リソースの使い方がうまく、逆に低い場合には稼ぎ方が下手である可能性が高いです。(各社有価証券報告書から素材さん作成)
1人あたり利益ではやはり信越化学がダントツ1位を15年間安定して守り続けています。高付加価値品を上手く販売している事に加えて、景気動向に左右されない採用での安定した人員構成で無駄のない生産性を実現しているのでしょうか。東ソーは規模のわりに1人あたり営業利益は高位推移傾向に移り、薄利多売からの脱却を目指したビジネスモデルの転換途上にあると言えそうです。
レゾナック(旧昭和電工)は黒鉛電極バブルで2018-2019年度は突出していますが、過去推移をみると安心感にはまだ遠い模様。さらに日立化成買収で従業員数急増となり1人あたり営業利益はかなり希釈されてしまいました。EBITDAを追求する経営方針のもと、事業貢献度の低い事業の売却を進めることになりそうです。
3-6. 比較⑥:従業員の平均年収推移
各社の従業員「平均年収」のデータを比較します。ここが一番気になるという方も多いのではないでしょうか。ここでは会社法での執行役以上の役員を除き、所謂「執行役員」以下の従業員の平均年収です。有価証券報告書をもとに作成しています。
三菱ケミカルHDは持ち株会社で従業員が百数十人、連結7万人に対して大幅に少なく、所謂「お偉いさん」の平均年収と考えて良いでしょう。
旭化成は2015年から2016年に大幅に年収が減っていますが、2016年は組織体制変更に伴うものです。従業員数1178→7356人になっていて、平均年収の低い人が組織改編により本体配属となった影響と思われます。
各所で有価証券報告書をもとに「平均年収」が謳われていますが、組織体制によって実態より大きく見せることも小さく見せることも出来るという事です。各社で見せたい数字・隠したい数字があるのでしょう。一応データとして載せましたが、ここから言える事はそれほど多くないと思っていいと考えます。総合職の年収の実態は就職四季報の方が高精度でしょう。
4. 総合化学大手各社の財務・特徴の比較
4-1. 東ソー:苦しい時期を乗り越えたか
1株当たり利益と配当、配当性向を確認してみます。リーマンショックの逆風で痛手を受けた化学業界において、東ソーも例外ではありません。2009年の赤字から10年、一株益(EPS)は2014年にリーマンショック前を超え、2019年3月期は2008年の2.5倍の営業利益となっています。12円/単元株だった配当も19年3月期は56円/単元株まで上がりました。
苦しい時期を乗り越えた経験があるからでしょうか、配当性向は23%とやや物足りない気もします。あまり無茶な配当掃出しはしない方針なのでしょう。しかし株価は日経平均を大幅にアウトパフォームなので長期保有の株主は十分利益を確保できていることでしょう。
キャッシュフローを確認します。営業CFは文字通り本業の事業活動での収支を表し、健全な企業はプラスを維持しています。営業CFのマイナスが続くようであればビジネスモデルの崩壊が起こっていると考えてよいでしょう。
投資CFは設備投資やM&Aなどでの収支を指します。次なる成長のためにある程度投資は必要なので、ふつうは営業CFの絶対値よりもすこし小さいマイナスです。無謀な買収をしたり過剰投資をするとマイナスの額が大きく、逆に資金繰りに困って資産投げ売りをすればプラスになります。
フリーCFは営業CFと投資CFの合算で、会社の自由に使えるキャッシュです。これが配当や自社株買い、債務返済、内部留保の原資になります。
営業CFは2012年の爆発事故や停滞期を乗り越え、1000億前後で高値安定してきています。リーマンショック前に仕込んだ投資の刈り取りを迎えているのでしょうか。懸念点は財務体質改善を優先してしばらく投資を抑えていたこと。投資圧縮が数年後に悪い指標として出てこなければよいのですが、こればかりは蓋を開けてみないとわからないでしょう。
今後も守りのコモディティーでキャッシュを稼ぎながら、高付加価値品のスペシャリティ事業への投資を継続していくようです。競争力は強化されそうですが、「大型投資・M&Aをタイムリーに実行できる強固な財務基盤を維持」という記載が気になります。
「強固な財務基盤を維持することで、安定配当の継続を実現」「配当性向30%」という方針もあるので、昭和電工の日立化成TOBのような無茶な投資に走らなければ狙い目でしょう。ただ足元のコロナ問題が1~2年遅れてボディブローのように効いてくる可能性もあるので、底値を狙った一括投資は避けたいところです。
4-2. 信越化学 ~堅実経営の安定感~
東ソー以外の6社を見てみます。財務体質が健全だった信越化学と旭化成を見てみましょう。
信越化学は総合化学7社の中で、リーマンショック時に唯一減配していません。さすがに利益は落ちて配当性向は50%に迫っていましたが、無理な増配はせず着実に利益と配当を上積みしてきました。コロナ騒動での社会不安の中でも2020年3月期決算で増収増益、10%増配をきっちり決めてくる企業はなかなかありません。(信越化学HPから作成)
営業利益率も苦しかった2009年でさえ12%、足元は26%にも上っています。営業CFも基本的には右肩上がりで、時価総額の大きい日経コア30ならではの戦闘力です。無理な投資も行っておらず、堅実経営そのものです。
4-3. 旭化成 ~財務指標は安心~
旭化成もリーマンショック時に黒字キープしています、一時利益、配当とも大幅に落ち込んでいますが、きっちり回復させて生きているのは流石ですね。2013年と2016年には投資額も大きくなっているようですが、自己資本比率は右肩上がりトレンドを維持しています。(図は旭化成HPより素材さん作成)
無理のない範囲で相応のリスクを取って成長戦略を描けています。米国株並の信越化学と比べれば物足りない営業利益率ですが、日系企業としては頑張っていると言えますね。
4-4. レゾナック(旧昭和電工)~最悪のタイミングでの高額買収がどう転ぶか~
昭和電工は色んな意味で迷走気味です。リーマンショック前の2008年に利益が落ち込んでそのまま赤字転落し、長い低迷期間が続きました。CF自体はそこまで悪くないので、なけなしのフリーCFを配当に回してきたという意味では頑張っているのでしょうか。(図はレゾナックHPから素材さん作成)
2017年以降の黒鉛電極の活況でのキャッシュを持て余して、2019年の日立化成のTOBによる買収に走ってしまったのは早計だったかもしれません。7000億も増えてしまった有利子負債、250億の利益上積みのために年間300億もののれん償却を背負ってしまいました。
市況不況の中156億円で買収したドイツSGL社黒鉛電極事業で早々に投資回収できてしまった旨味が忘れられないのかもしれません。増えたキャッシュで大型買収を成し遂げたい経営陣、傍流の製造会社を今のうちに売ってしまいたい日立製作所、貸出先がなくて困っていたみずほ銀、の3社の利害が一致して後戻りできなくなってしまったのでしょうか。
そうは言っても株高の中で4700億円もの"のれん"を背負ってコロナショックを迎えてしまい、流石にこのタイミングの悪さはちょっとかわいそうな気もします。大型買収で好調な株価が下がった今、大きなリターンが得られるかもしれない銘柄とも言えるでしょう。難しい業種かつどうみてもハイリスクなので僕は手を出しませんが。
4-5. 残念な財閥系3社(三菱ケミカル、住友化学、三井化学)
総合化学の財閥3社はなかなかパッとしません。財閥系なのでお給料はそれなりかもしれませんが、投資家目線では残念な感じです。
三菱ケミカルHD1株利益の凹凸が大きくなっています。営業利益率もやや改善の兆しはみられるものの2017年から導入したIFRSでのかさ上げ効果も無視できません。直近は増配していますが、とりあえず買収して利益を上積みしておこうという事でしょうか。
株高の2019年には大陽日酸の欧州事業買収で営業CF2年分もの大型投資を実行しています。のれん代は3000億増えて6000億、定期償却しなくて良くなった営業でEPSは1円/株程度上積みされてますが、減損で利益削って減配という絵が見え隠れします。総合化学7社の中ではダントツの稼ぎを誇りながらも財務体質は最下位。色んな意味で規模が大きければ企業として優良というわけではない良い例です。一方で2021年4月に就任した同社初の外国人CEOギルソン就任など、面白そうな動きもあります。(図は三菱ケミカルHPから素材さん作成)
次は住友化学、こちらもなかなか激しいです。2008年度だけでなく2013年度にも巨額赤字を計上。無配転落せずなんとか財閥系の顔を保ってますが旭化成に抜かれて3番手転落。ちょっとリーマンショック引きずりすぎ、組織として問題があるのでは?と思いたくなる数字となっています。競合に追い抜かれるシチュエーションは住友商事とも似た雰囲気を感じてしまいます。銀行みたいにさっさと三井と一緒になってしまえば上手くいきそうなのも残念ですね。
営業利益率は改善を図っていますが、2018年からIFRS導入で最後の利益かさ上げといったところでしょうか。2014年以降は永劫利益も改善されていますが、やっと10%に届くかどうか。CFも長期では営業CFと投資CFが釣り合っているようで、経営がうまいとはお世辞にも言えそうにありません。一方で子会社の住友ファーマと欧バイオベンチャー・ロイバント社の資本提携(投資額3200億円)など、大きな勝負も辞さない構えは流石大手とも言えます。
三井化学はもっと悲惨です。2009年には3年分近い営業損失を出し、気持ちばかりの配当でごまかしてきました。投資家は気持ちよりキャッシュとしての配当が欲しいんですよね。それでも2017年以降の好景気の波には乗れて自己資本比率は35%くらいにはなり、財務体質も少しずつ改善してきました。足元の市況が良いタイミングで三井アグロ子会社化’(買収額422億円)や旭化成ペリクル事業取得等、危機感が感じられる動きも見えます。(図は三井化学HPから素材さん作成)
5. 結論:総合化学大手7社なら東ソーか信越化学
今回は気合を入れて総合化学大手7社の徹底比較をしてみました。総合化学大手7社の中で投資をするならコロナ問題ももろともせず増配を決めた信越化学、逆境を乗り越えて財務体質盤石に近づいた東ソーの2択でしょう。
次点の財務体質と堅実さを求める旭化成、ハイリスクハイリターンの昭和電工も上級者向けですが、戦略としてはアリかと思います。逆に規模だけで中身に疑問の多い財閥系はお勧めしません。
社会不安の中で投資するなら、銘柄分析は徹底的にやっておきたいところですね。
ヘルスケア分野はジョンソン&ジョンソンの一択です。鉄板銘柄ですね。日本の医薬優良株と比較しても遜色はありません。
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